障害のある人や高齢者ら製品のデザインの過程で軽視されてきた人たちを含め、多様な人々の使いやすさや心地よさを追求する「インクルーシブデザイン」が注目されています。
ただ、多くの方々にとって耳にしたことはあってもどういうことなのか、明確にわからないという方が大半なのではないでしょうか。
そこで本記事では、インクルーシブデザインの定義や具体的な事例、導入のポイントなどについてご紹介します。
インクルーシブデザインとは?
インクルーシブデザインとは、高齢者や障がいのある人、外国人らデザインの過程で除外されてきた人たちをデザインの企画(上流部分)から巻き込んで、製品・サービスをデザインするという手法です。
「インクルーシブ(inclusive)」とは、英語で「内包」「包含」などを意味します。対義語として「除外」を意味する「exclusive」があり、かつては除外されてきた人々を内包していこうという意味が込められています。
インクルーシブデザインの狙いは、今までデザインのプロセスに携わることができなかった人々の視点を取り入れることで、多数派の意見では気付かなかった潜在ニーズの掘り起こしにつなげることです。その結果として、新たな価値を創造していくことを目指しています。
生まれた背景
インクルーシブデザインという言葉を初めて提唱したのは、イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートのロジャー・コールマン教授です。
言葉が誕生したきっかけは1991年、教授の友人である車いすで生活する女性からキッチンのデザインを依頼されたことで、車いす生活でも使いやすい機能性を重視したものを考案。しかし、女性からは「他の人がうらやむようなものが良い」と言われました。
キッチンは、料理のしやすさや汚れにくさなどの機能性を重視する傾向があるものの、依頼者の女性と接する中で、一般的な概念だけでなく、実際に利用する人と同じ視点でデザインを考えることが重要だと気付きました。
このようにインクルーシブデザインでは、ターゲットのニーズを把握しつつ、潜在的なニーズや価値観を掘り起こしてデザインに反映させていくことに本質があります。
具体例
インクルーシブデザインは、身近に使われているものにも多くあります。
- iPhone
- バンドエイド
- アタックZEROボトル(洗濯用洗剤)
音声読み上げ機能で、視覚障がい者も操作しやすいiPhoneもその一つです。初期の段階から音声読み上げ機能がついていただけでなく、音の大きさやディスプレイの色味などユーザーが自身に合わせて設定を変えられることは、多様なユーザーに配慮して開発されたものとなっています。
ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社の絆創膏「バンドエイド」は、多様な肌の色に対応したカラーバリエーションを展開しています。
従来の絆創膏と比べて、さまざまなスキンカラーのユーザーに使いやすくなり、世界各国で「肌になじむので目立たず、使い勝手が良い」などと反響がありました。
花王株式会社は握力の弱い方や高齢者、手指の不自由な方にも考慮し、デザインされたノズル形状の「アタックZEROボトル」を提供しています。
従来の洗剤は粉を専用スプーンで入れたり、液体タイプの容器のフタを回し開けて入れたりするというものでしたが、こちらは片手で入れられるため、とても便利です。
ユニバーサルデザインとの違い
同じような言葉として「ユニバーサルデザイン」があります。インクルーシブデザインとの違いについて解説します。
インクルーシブデザイン | ユニバーサルデザイン | |
目指すもの | 新しい価値を社会に取り込もうとする | 社会から排除される人々をなくそうとする |
デザインする手法 | 人々の多様性を認識 必ずしも万人向けのデザインにならないこともある | 幅広いユーザー層の考慮 |
大きな違い | 製品・サービスそのものよりも過程に巻き込み、プロセスに焦点を当てる | アウトプットに焦点を当てる |
ユニバーサルデザインは、障がいのある人に目を向けたものとなっており、ターゲットユーザーとしては近いように感じるものの、デザインの手法が大きく異なっています。
大きな違いとしては、インクルーシブデザインがワークショップやアンケート調査をリードユーザーを対象に行うことで、リードユーザーをデザインの過程に巻き込むという点です。
また、ユニバーサルデザインは障がい者と健常者の使いやすさを同時に追求するため、汎用性の高いデザインとなります。一方でインクルーシブデザインでは「特定の人」の声を取り入れてデザインを作るため、必ずしも万人受けするようなものを目指すわけではありません。
インクルーシブデザインが重要な理由
インクルーシブデザインに内包される高齢者や障がい者らは「リードユーザー」(未来へと導いてくれる人)とも呼ばれ、施設やWebデザイン、ビジネスプロセスのデザインなどにも幅広く活用されています。
多様性を受け入れる時代背景
インクルーシブデザインが注目されている背景として、昨今は「ダイバーシティ」という価値観が浸透し、多様性を受け入れる流れが強まっています。
障がいの有無や性別、性的嗜好、人種などさまざまな違いを認め合い、お互いの人権と尊厳を尊重し合いながら生きていく「インクルーシブ(共生)社会」という言葉も使われます。
「インクルーシブ」という理念は、不況や移民の増加により社会的排除が問題となっていた1970年代のフランスで誕生しました。1980年代にアメリカで障がい児教育の分野で用いられるようになり、日本でも労働人口の減少や価値観の多様化などを背景に徐々に広まっていきました。
現在はデザインだけでなく、教育や施設などさまざまな場でその理念が広まっています。
SDGsの浸透
インクルーシブデザインは「持続可能な開発目標」である「SDGs」とも深い関係があります。
「インクルーシブ(包摂的)」という言葉はSDGsの目標17のうち5項目(4、8、9、11、16)で使われています。
特に「地球上の誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓う項目は、あらゆる人が排除されないことを意味するインクルーシブと、非常に近い理念といえます。
こうしたことから世界中の人たちが取り組むSDGsは、インクルーシブの理念と相まって注目を集めています。
潜在ニーズの掘り起こしと新たな価値の創造
このほか、インクルーシブデザインは、潜在ニーズの掘り起こしと新たな価値の創造において注目されています。
競争が激化する中、平均的なユーザーのニーズを取り込んでもすでに他社が取り組んでいるなど、価値を生むことは難しくなっています。
障がいのある人をはじめとしたマイノリティのニーズを取り込むことで、マジョリティ(大多数)の視点からは気付かなかった潜在的なニーズの引き出しにつなげることもできます。
2000年代以降、普及してきた「デザイン思考」とともに、インクルーシブデザインを通じてユーザーの多様性や潜在的なニーズを深く理解することがより求められています。
関連記事:デザイン思考とは?概要から活用方法をわかりやすく解説|導入するメリットやフレームワークも紹介
インクルーシブデザインの原則
インクルーシブデザインの導入を検討されている方は、次の7つの原則を念頭に置きましょう。
原則 | 内容説明 |
同等の体験を提供する | あなたの作ったインターフェースがすべての人に同等の体験を提供できるようにして、利用者がそれぞれのニーズに合った手段を用いても、コンテンツ品質が損われることなくタスクを達成できるようにしましょう。 |
状況を考慮する | 利用者は様々な状況であなたの作ったユーザーインターフェースを使います。状況に関係なく、あなたの作ったユーザーインターフェースが利用者に貴重な体験を提供できるようにしましょう。 |
一貫性を保つ | 馴染みのある慣例を用いて、それを一貫して適用しましょう。 |
利用者に制御させる | 利用者が自ら制御できるようにしましょう。利用者はそれぞれ好みの方法によって、コンテンツにアクセスして、コンテンツとやりとりできるようにすべきです。 |
選択肢を提供する | 特に複雑なタスクや標準的でないタスクには、利用者がそれらのタスクを完遂できるように、様々な手段を提供することを検討しましょう。 |
コンテンツの優先順位を付ける | ユーザーが主たるタスク、機能、情報に集中できるように、それらをコンテンツやレイアウト内で優先順位付けしましょう。 |
価値を付加する | 機能の持つ価値や、その機能によってさまざまな利用者の体験をどう向上させることができるかを考えましょう。 |
参考:インクルーシブデザインの原則(「Inclusive Design Principles」日本語訳)
こうした原則にもとづいてインクルーシブデザインを導入するには、リードユーザーをデザインのプロセスに取り込むことが不可欠です。
インクルーシブデザインを導入するポイント3つ
インクルーシブデザインを導入するポイントは次の3つです。
- 「除外されている人」を把握する
- 多様な人々を考慮する
- 利用方法は1つに絞らない
「除外されている人」を把握する
インクルーシブデザインを導入する出発点として、まずは多様なユーザーが抱える課題を深く理解することが求められます。
デザインの分野で除外されてきた人々は、高齢者や障がい者だけでなく、人種や国籍、言語、個人の状況などさまざまな場面があります。
具体的には、海外旅行で言語の壁にぶつかったり、通信環境が不安定な状況で困ったりする経験は、誰しもが一度は経験したことでしょう。自分自身も潜在的なユーザーの一人であるという意識を持つことで、よりインクルーシブなデザインを実現することができます。
多様な人々を考慮する
「多様な人々を考慮する」とは、異なる身体的、文化的、社会的背景を持つユーザーを設計の中心に置くことを意味します。具体的には、年齢、性別、障害の有無、言語、文化的背景、技術スキルなど、さまざまな要素を持つ人々の違いを尊重し、彼らが製品やサービスを快適に利用できるようにすることが重要です。
たとえば、Webサイトのデザインを制作する場合、色覚異常の人でも情報を正確に理解できるように、コントラストや色の使い方を工夫する必要があります。また、ユーザーインターフェースがシンプルで直感的であれば、技術に不慣れな人でもスムーズに利用できます。さらに、音声操作やテキストの読み上げ機能を導入すれば、視覚障害者や読み書きが苦手な人でも利用可能です。
多様なユーザーのニーズを理解し、それを反映させることで、利用できる範囲を広げ、ユーザーの満足度を向上させることができます。
利用方法は1つに絞らない
製品やサービスの利用方法を複数用意することも、インクルーシブデザインの重要な要素です。1つの方法だけに依存すると、特定のユーザーが使いにくい場合があるため、異なるアプローチを提供することが求められます。これによって、異なるスキルやニーズを持つ人々が自分に合った方法で利用できるようになります。
たとえば、スマートフォンアプリの操作方法では、タッチ操作に加えて、音声入力やジェスチャー操作を提供することが考えられます。また、テキストによる説明だけでなく、動画や図解など視覚的な説明を追加することで、さまざまな学び方や理解の仕方を持つユーザーに対応できます。
利用方法を1つに限定せず、柔軟な選択肢を提供することが、幅広いユーザーにとって使いやすいデザインにつながります。
インクルーシブデザインの導入事例
IT分野:Microsoftのアクセシビリティ機能
Microsoftはインクルーシブデザインのリーダー的存在で、たとえばWindowsやOffice製品の設計において、視覚、聴覚、運動機能などに制約がある人でも使いやすい機能を開発しています。
「Narrator」というスクリーンリーダー機能で、視覚障害者が画面上の内容を音声で確認できるようにしたり、「Eye Control」という目の動きでPCを操作できる機能もあります。体の動きに制約があるユーザーでもPCを自由に使えるようになっています。
さらに、アクセシビリティへの配慮を含むデザインガイドラインを提供し、他社やデベロッパーもこの方向に進めるように支援しています。
このほか日本マイクロソフト株式会社は、一般社団法人PLAYERSと「聴覚障害者が熱狂するエンタメコンテンツを共創する」をテーマとしたワークショップを開催したり、顔が見える筆談アプリを企画したりしています。
アパレル業界
株式会社ロイネは、20歳の時に右手と両足を失った山田千紘さんと「1秒でボタンが留まる!ラクなのに”きちん”と見える高機能シャツ」を共同開発しました。
クラウドファンディングサイト「Makuake」と期間限定でのリリースのため、現在は販売していませんが、クラウドファンディングでは目標金額150,000円を大きく上回る2,314,710円が集まるなど大きな反響がありました。
こちらのシャツは、脱ぎ着が簡単なマグネットボタンを使用し、朝の忙しい時間にもスムーズに着替えられるのが特徴です。
「どんなに着やすい服でもダサい恰好はしたくない」と「障害者向けとか健常者向けとかではなく、誰でもかっこ良く着られる服」を目指し、試行錯誤を繰り返し1年以上かけて「時短シャツ」が完成しました。
インクルーシブ遊具を取り入れた施設
教育玩具・遊具の輸入・開発・販売などを行う株式会社ボーネルンドは、神戸市にある「三井アウトレットパーク マリンピア神戸」の全面建替えに伴い新設される「LAGOON COMMUNITY PARK」内に、全天候型あそび場「ボーネルンドあそびのせかい 三井アウトレットパーク マリンピア神戸店」を2024年11月にオープンします。
年齢や性別、身体的能力に関係なく、誰もが楽しめるように、車いすからスムーズに乗り移れたり、座った状態で遊べたりするなどインクルーシブな遊具も取り入れています。
インクルーシブデザインを導入するには
インクルーシブデザインを導入する具体的な方法として、次の3つを実践していきましょう。
- ユーザーを理解する
- 柔軟で適応可能なデザインを考える
- チームを多様化する
ユーザーを理解する
まずは、幅広いユーザー層を理解することから始めましょう。
- 障がいのある人
- 年齢や文化の違う人
- 技術に慣れていない人 など
さまざまな背景を持つ人々のニーズを理解する必要があります。彼らの使いやすさがデザインの中心にあることが、インクルーシブデザインの核です。
たとえば、ユーザビリティテストを行って、異なるニーズを持つユーザーに実際に製品やサービスを使ってもらい、どんな困難があるか把握しましょう。エンドユーザーと対話しながら改善することで、実際のニーズに応えるデザインができます。
柔軟で適応可能なデザインを考える
「みんなが同じものを使えるようにする」というだけじゃなくて、カスタマイズ可能なオプションを提供するのも一つです。
たとえば、ITサービスならフォントサイズや色を変更できるUI、アパレルなら、ボタンやファスナーの位置を変えられるデザインにするなどです。
こういった柔軟性を持つことで、多様なユーザーが自分に最適な使い方を選べるようにしていくのがポイントです。
チームを多様化する
開発チーム自体も多様性を持たせることが重要です。チームにさまざまなバックグラウンドや視点を持つ人がいれば、幅広いニーズに対応できるデザインが生まれやすくなります。
たとえば、性別、年齢、国籍、障がいの有無などが異なるメンバーが一緒にプロジェクトに取り組むことで、見落としがちなポイントにも気づきやすくなります。
デザイナーを採用する際は、正社員だけの同じ契約形態だけでなく、フリーランスデザイナーも取り入れることで、多様な視点からアイデアが生まれるでしょう。
インクルーシブデザインを依頼できるデザイナーをお探しならクロスデザイナーにご相談ください
本記事では、インクルーシブデザインとは?や導入のポイント・事例、実際に導入するための方法について解説してきました。
インクルーシブデザインを導入する場合、デザイナーチームもまた、さまざまな経歴や働き方の人たちを採用することで多様な視点を取り入れやすくなります。
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